こんにちは、BANhome代表の佐藤です。
明日から、BANhomeの本社のある柏崎市では、「えんま市」が開催されます。
えんま市とは、新潟県柏崎市で毎年6月14日~16日に開催される、200年以上の歴史を持つ伝統的な縁日です。
村上市の「村上大祭」、新潟市の「蒲原まつり」と並び、新潟三大高市(たかまち)の一つに数えられています。
毎年400軒を超える露店が数キロメートルにわたって立ち並び、期間中には20万人を超える人々が訪れる、柏崎最大級のイベントです。
しかし、地元の方でも「なぜえんま市が始まったのか?」を知らない方は意外と多いのではないでしょうか。
今回は、柏崎の初夏の風物詩である「えんま市」の歴史についてご紹介したいと思います。
えんま市はいつから?
えんま市の起源は江戸時代中期。
現在の柏崎市東本町にある「閻魔堂(えんまどう)」の境内で開かれていた馬の売買市場「馬市(うまいち)」が始まりとされています。
当時は交通手段として馬が重要な役割を果たしており、多くの人々が集まる市場となっていました。
その後、閻魔堂の周辺で開かれる市として知られるようになり、「えんま市」と呼ばれるようになったと言われています。
なぜ大規模なお祭りへ発展したのか?
文政年間(1818年~1829年頃)になると、えんま市は大きく姿を変えていきます。
開催時期がちょうど衣替えの季節にあたることから、夏物の着物や生活用品を販売する「呉服市」が立つようになりました。
さらに、この時期は田植えが終わった直後。
農家の方々にとっては一年の大仕事を終えた後の楽しみでもあり、多くの人々が柏崎へ集まりました。
その結果、市はますます賑わいを見せるようになります。
また、柏崎は北前船の寄港地として栄えた商業都市でもあり、県内外から多くの商人が訪れたことも発展の理由の一つとされています。
えんま市の習わしとは?
現在では露店巡りが目的になりがちですが、本来の主役は「閻魔堂」です。
昔から、「まず閻魔様へお参りしてから市を楽しむ」という習わしがあります。
閻魔大王は、人が亡くなった後の善悪を裁く仏教の守護神として知られています。
そのため、家族の健康や無病息災を願ってお参りする人も多くいます。
私は幼い頃、閻魔堂に飾られている地獄絵図が怖くて地獄には絶対行きたくない!と強く思ったのを覚えています。
閻魔堂へ行かれた際にはぜひご覧ください。(小さなお子様は怖がるかもしれませんが。)

(柏崎市公式ホームページ掲載写真転用)
閻魔堂は130年の歴史を持つ建物
お堂は数度の火災で類焼し、現在の土蔵造りの建物は1896年(明治29年)に建築。
柏崎の名棟梁として知られる四代目・篠田宗吉によって建てられた土蔵造りの建物です。

(柏崎市公式ホームページ掲載写真転用)
閻魔堂の建物は、2007年7月の中越沖地震により全壊しましたが、
2010年(平成22年)に修復工事が開始され、地域の人々や商店街の支援を受けて耐震補強を施しつつ元通りに復元されました。

(建築学会北陸支部ホームページ掲載写真転用)
大震災により一度全壊したとはいえ、130年の歴史をもつ木造建築が現存していること。
建築に携わる立場としては、現在の住まいづくりについても考えさせられます。
地域に根付く文化は、家づくりにも通じる
えんま市が200年以上も続いてきた理由は、地域の人々が大切に守り続けてきたからです。
時代が変わっても受け継がれる文化には、それだけの価値があります。
私たちBANhomeが目指しているのも同じです。
流行だけを追う家ではなく、30年後、50年後、100年後も価値を感じられる住まいをつくること。
長く愛され、次の世代へ受け継がれることが本当の価値なのだと思います。
まとめ|柏崎えんま市は地域の歴史そのもの
えんま市は江戸時代に始まった馬市を起源とし、呉服市や露店市へと発展した200年以上の歴史を持つ伝統行事です。
- 開催日:毎年6月14日〜16日
- 起源:江戸時代中期の馬市
- 歴史:約200年以上
- 特徴:500軒以上の露店と20万人超の来場者
- 新潟三大高市の一つ
明日から始まるえんま市。
露店を楽しむのはもちろんですが、ぜひ一度閻魔堂にも足を運び、柏崎の歴史や文化にも触れてみていただけたらと思います。
柏崎の初夏の風物詩である「えんま市」をお楽しみください。
BANhome(バンホーム)は、「“暮らす。”を楽しむ家づくり」をコンセプトに、
住まい手の想いに寄り添う家づくりの伴走者です。
地域に根ざした工務店として、新潟の気候や暮らしに合った、快適で心地よい住まいをご提案しています。
BANhome|株式会社藤真工業
代表取締役 佐藤 眞弘
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